いよいよ明日は私のスカラ座デビュー!(2018年3月15日)

私が出演するスカラ座アカデミア管弦楽団の演奏会が明日開催されます。なので、今日のブログは超短くなります(と言いながらいつも長くなるのですが、今日は冗談無しに本当に短いです)。 そして、明日の演奏会は殊更重大な演奏会となります。なぜなら、私は明日なんとスカラ座劇場での自己初の公演を当楽団のコンサートマスターとして行うことになるからです!! 正直なところ、信じがたいことです。 スカラ座はイタリアはいうまでもなく、ヨーロッパ屈指のコンサート会場・劇場で、ヘルベルト=フォン・カラヤン、クラウディオ・アッバード、リッカルド・シャイー、ダニエル・バレンボイム、ズビン・メータなどの蒼蒼たる指揮者や芸術家が多くの観衆を魅了してきた場所。 5、6年ほど前にロンドンへの帰途の日にふとスカラ座の前まで立ち寄った時のことを何となく覚えています。単なる旅行者として由緒あるその建物を、この中にはどんなものが待ち受けているのだろうとただ想像しながら外側から眺めるだけの自分から、数年後にはその同じ場所に60人もの若き音楽家たちが集まるスカラ座アカデミア管弦楽団を率いて首席奏者として舞台の中央に立つ自分へと変わったということが…。 不思議なめぐり合わせですが、これも人生なのかもしれません。     演奏会の曲目は、 ベートーヴェン: 「エグモント」序曲 作品84 シューベルト: 交響曲第7番 「未完成」 D759 シューベルト: 交響曲第3番 D200   演奏会はあす15日木曜日現地時間午後8時(GMT+1)からスカラ広場1番地のスカラ座劇場で始まります(日本ではもう今日ですが)。イタリア・ミラノに住んでいる人、滞在中の人は、必見の演奏会です。 松川 暉    

近代音楽 VS 一般音楽 (2018年2月28日)

2018年はすごい年になるだろうと思っていました。 それは間違いでした。 なんと、すごい、なんてものではありません。 度肝を抜かれたような、ノックアウトを喰らったような、まさに雷のような船出になっています。 次から次へと洪水のように押し寄せる仕事量の莫大さにしばしあっけにとられ、今日が何日か何曜日だかさえ全くわからなくなってきている日々です。 2月終盤までの一連の活動を振り返ると: 1月の頭からシューベルトの交響曲2曲に加えてモーツァルトのクラリネット協奏曲を1週間に渡ってプローヴァを繰り返していました。その後の1月中旬に大阪に戻ってきてからは、神戸でのレクイエムプロジェクトに始まって、ザ・シンフォニーホールでのプロコフィエフ・ヴァイオリン協奏曲、そして京都と東京での長岡京室内アンサンブルに加わっての演奏(モーツァルト・ディヴェルティメント全3曲、ドヴォルジャークの弦楽セレナーデ、ブリテンのシンプルシンフォニー)が2月の初旬にあり、その2日後にはお気づきの通りここイタリア・ミラノに帰還して、「アンサンブル・ベルナスコーニ」という名の室内合奏団でのコンサートマスターやソロとしてF.シュレッカー(1878-1934)やデュフォール(1943- )の作品のリハーサルにとりかかり、2週間前の木曜日にコンサートがありました。今はアルバン=ベルグ(1885-1935)の作品のリハーサルが始まったところです。 ということで、大雑把にいえば前半は古典・ロマン派中心でしたが、後半はもっぱら近現代曲(20世紀・21世紀)を取り扱っているということです。 (上記にコンサートマスターと書いていますが、世界的には”リーダー”と呼ぶこともよくあります。ただ、役割としてはチューニングの合図を出したり弦楽器のボーイングなどを決めたり、その他稀に重要な局面もありますが、特に全体を取り仕切っているわけではありません。一方指揮者は全パートを見渡すことができるスコアを持っており、それを前提に、リハーサルを円滑に進めるための一切の指示を出し、楽団全体が完全に統一されるまでにあらゆる方角に神経をはりめぐらせ、機転を利かせて上手くまとめていかなければなりません。これが”リーダー”の役割で、コンサートマスター=リーダーではないというのが私の考えです。) いかなる音楽においても - それがバロックであれ現代であれ - 、作曲家が作品に込めた意図よりも優先されるべきものはないという概念は音楽家にとって古今東西原則のようなものです。聴衆に最も伝えなければならないのは音楽に込められたメッセージであり、それは曲想表示以外に細かい記号や記譜などあらゆる形で暗示されており、それらが目指された一つのイメージや効果を生み出すために楽譜に存在しているのです。 音楽や芸術である限り、多くの作品や作曲家に類似点があるのは当然のことです。それぞれが特定の環境や文化の中で育ち、互いに影響し合っているわけですから、意図的でなくとも共通した部分が出てくるのはむしろ自然なことなのです。メンデルスゾーン(1809-1847)を反ユダヤ主義の標的として散々攻撃したワーグナー(1813-1889)の作品にさえ、メンデルスゾーンの交響的特徴や符点のリズムなどが頻出しており、メンデルスゾーンからの影響を否定することはできなかったということです(例:タンホイザー序曲https://www.youtube.com/watch?v=LTyj856BtWY)。しかし一方で、全く同じ音楽や作曲家というのは存在しないのも事実です。それぞれが大きくもしくはわずかに異なった独自のスタイルや音の世界をもっており、それらを理解せずに演奏したりすることも、他の作曲家のスタイルを別の作曲家の音楽に転用することもできません。  西洋音楽は19世紀、20世紀を起点に、音楽史上最も顕著な変化をもたらしたワーグナーやシェーンベルグ(1874-1951)、ウェーベルン(1883-1945)らによって大きく進展しました。20世紀になると、それまでの音楽とは異なって、不完全協和音程や不協和音を多用したものや、調性のない無調音楽などが現われ始め、また記譜方法にも著しい変化がみられるようになります。私たちが当たり前のように接するバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンなどの作曲家が必要最低限のダイナミックやテンポ表示しか与えることがなかったのに対して、ロマン派期以降の音楽ではダイナミックのみならずテンポ表示、拍子の変化、調号の変化や転調、複雑なリズム、音色の指定まで全て書かれています。 例えば上にあるデュフォールの”L’Amérique D’Après Tiepolo” (『ロココ様式以後のアメリカ』という意)という曲では、ご覧の通りヴァイオリンの譜面に冒頭からすでにハーモニクスの演奏方法についての記述がされています。そして、このハーモニクスが半音ずつ上昇していき、p もしくは mp から f

プロコフィエフ・ヴァイオリン協奏曲第2番の公演 (2018年1月30日)

なんという2018年の幕開けでしょう! ここ過去3週間にわたって練習やリハーサル、コンサートをこなす派手で濃密な日々が続いていました。そんなわけで未だに公開の場では正式に新年の挨拶さえしておらず(とんでもない 😦 )あっという間に1月も終わりを迎えてしまいましたので、この場を用いて読者のみなさんに今年もよい1年をお祈りするとともに祝福の言葉を贈らせていただきます。 さて、2週間前の金曜日(日本時間19日)にイタリア・ミラノから帰還し(後程詳しく書く予定)、翌日には神戸で行われたレクイエム・コンサートに向けたリハーサルが始まり、約5時間ほどかけて追悼をモチーフにした日本作曲家のレクイエムをリハーサルし、その翌日21日に演奏という行程でした。同日には24日の大阪ザ・シンフォニーホールでの演奏会のためのリハーサルに向けての指揮者合わせもあり、プロコフィエフ・ヴァイオリン協奏曲第2番で指揮者大勝秀也さんとのテンポ・間取りの打ち合わせなどを行いました。 1回目のリハーサルでは、まずオーケストラ全体が曲の構造を理解して慣れるために、各楽章を最初から最後まで通して弾き、その後厄介なパッセージを中心に取り組んでいくという流れで進みました。2回目のリハーサルはフィナーレ以外はあまり問題なく、細かいところのみ繰り返し。コーダの部分でE線の弦が切れてしまい(2、3日前に新しく替えたばかりだったにもかかわらず 😦 )、本番に向けては多少の不安もありました。 日本センチュリー交響楽団との共演は今回が3度目。初共演の12年前とはメンバーも新しくなり、若い団員が多いことでプロコフィエフの上演機会には恵まれていなかったことを考えても、まとまりがとれ統率されて、本番に間に合わせてくるところはプロフェッショナルだと感じています。公演を成功さえるのに尽力してくれた楽団員みなさんと指揮者の大勝秀也さんに感謝の意を表したいと思います。 指揮者大勝秀也さんと伴に  個人的にはこの協奏曲には色々な感情も混ざっており、実に4年近くこの曲を学んで練習しながら、過去3回のどのオーケストラとの共演でも、この協奏曲の演奏に至ることはありませんでした(おそらくこの類の近代曲は多くのオーケストラにとってまだ遠い存在なのかもしれません)。最終的に演奏にこぎつけることができたのはよかったと思います。とは言っても、もちろん他の作曲家の協奏曲への思入れがプロコフィエフより少なかったわけではありませんし、どの協奏曲も特有の良さや持ち味がありどれも自分の人生を捧げたい曲ばかりです。 音楽家の中には、オーケストラと共演するという活動を到着地点とみなしている場合が多いように見受けられます。全部の音符、音程、フレーズの取り方などをさらい、オーケストラとのリハーサルの場では音を合わせるだけでやることはもうあまりない、といった感じで気楽に構えていることが多いのではないでしょうか。 私の見解はこれとは違います。今回に限らずいつもそうなのですが、オーケストラとのリハーサルになってから、ダイナミックやアクセントの強調し具合、そして今まで練習で創り上げてきた音色でさえ完全に変えなければならないことがよくあります。その場でようやく全体像が掴め、曲を理解したことになるのです。そしてそれに基づいて全てを調え磨きをかけるわけですから、いくら自分一人で練習していても、そこからまだまだやることがたくさんあるということです。つまり、オーケストラとのリハーサルは「到着地点」ではなく、むしろ単なるプロセスの「始まり」にすぎないことになります。 この段階においては、自分の音符を弾くことだけではなく、アーティキュレーション(発音の仕方)・リズム・音の響きという面で、他のパートの音をよく聴く必要が出てきます。プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲のような難しい音列であふれる慌ただしいパッセージが多い曲では特に、自分の音符をしっかり弾くことに必死になって周りの音を聴くことを忘れてしまうことはいとも簡単です。また、周りの音を聴くことに頭を奪われ、何でもない部分で自分の音を弾き損なってしまう、というのもよろしくありません。この2つの異なる作業を同時に行うことは、決して簡単なことではありません。非常に高い集中力をもってあらゆる音と静寂を感知しながら良い音作りをするという能力こそがここでは求められるのです。 もちろんこれは大変な課題です。しかしそれでも私はこういった形で音楽を学ぶプロセスにやりがいを感じ、とても貴重なものと捉えています。― 音楽における特殊で緻密なコミュニケーションを通じて、より奥深く広い次元で、他の奏者から学びとって新しい発見をしたりインスピレーションを得たりすることもあれば、自分から他の奏者が学びとることもある場なのです。たとえソリストであっても、一人だけで音楽を完結させることはできず、メロディー、内声、低音が互いに補い合って一つの完全なハーモニーを生み出すことや、ある時にはリードし、ある時には追いかける(駆け引き)といったこと、そして奏者全員がぴったり合った一体感のある呼吸の仕方などがあって初めて、最高峰の芸術を成し遂げることができるのです。これこそが私にとって音楽をやる上でのただ一つ素晴らしい喜びで、今後数か月、数年先までの公演でも別の曲を演奏するなかでこの挑戦を継続していきたいものです。    

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